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新着情報

2023.02.13
ライブラリー

【NICEライブラリー】2月のおすすめは『わかりあえないことから』です!

NICEプログラムには、学修デザインに役立つ各分野の入門書を集めた「NICEライブラリー」があります。 
毎月、ライブラリーから選んだ本を中心に「今月のおすすめ」として紹介しています。 

2月のおすすめは、『わかりあえないことから:コミュニケーション能力とは何か』です。

マイナー支援科目「分野横断デザイン」を受講者には,マイナーとして学びたい分野に「心理学」を挙げる人が多くいます。
くわしく聞いてみると,その理由は大きく2つ,ひとつは「相手が何を考えているのか知りたい」というもの,
もうひとつは「ある方向に人を誘導したい」というものです。
前者は,相手の気持ちや意図をつかめれば,適切に対応できるのではないかという仮定,
後者は,たとえば商品のマーケティングに応用できるのではないかという仮定に基づいています。

相手が目の前の個人か不特定多数の集団か,働きかける先が相手の意識下なのか無意識下なのかの違いはありますが,
人のこころの動きを理解したいという気持ちは共通しています。
その点でたしかに心理学とも無関係ではありませんが,アカデミック・アドバイザーとしては次のように提案しています。
「興味のあることのかなりの部分は,コミュニケーションの領域でもあると思うよ。」

『わかりあえないことから:コミュニケーション能力とは何か』は,そんな人におすすめしたい一冊です。
しかし「この本を読んで,コミュニケーション力がつくといったハウツー本でもない」と,著者の平田オリザが「但し書き」を
つけています。では,どんな内容なのでしょうか。
章立ては以下の通りです。

第1章:コミュニケーション能力とは何か?
第2章:喋らないという表現
第3章:ランダムをプログラミングする
第4章:冗長率を操作する
第5章:「対話」の言葉を作る
第6章:コンテクストの「ずれ」
第7章:コミュニケーションデザインという視点
第8章:協調性から社交性へ

著者が劇作家としてこれまで取り組んできた演劇ワークショップ実践,大阪大学コミュニケーションデザイン・センターでの
授業実践やアンドロイド研究者との交流,海外公演などの経験談を縦横無尽に織り交ぜながら,
コミュニケーションを単にことばのやりとりだけではない,ふるまいや環境なども含む多面的なものとして考察し,
対話の重要性を説明しています。

このなかで特に印象深いのは,著者が大阪大学のコミュニケーションデザイン・センターに招へいされた理由が
「医学部出身の幹部の方」のことばとして述べられている部分です。

「医師や看護師というのは,昔は病気や怪我を治してあげれば,患者からも家族からも感謝されたいい商売でした。
貧乏だったけど,誇りの持てる仕事でした。でもいまは,医療が高度化しすぎて『治す』ということ自体が,
医者自身にもよくわからなくなってしまった。
患者さんや家族の気持ちも複雑だ。一分一秒でも長く生きたいのか,痛みを緩和したいのか,家に帰りたいのか,
一瞬でも職場に戻りたいのか,家族と一緒にいたいのか,一人になりたいのか。
さらに,そういった気持ちも一人に一つではない。
それらをできる限りくみ取れないと医療行為に当たれない時代になっている。
ならば阪大では,できる限りそれをくみ取れるような医者や看護師を育てたい。
そのためにこのコミュニケーションデザイン・センターを作り,あなたを呼んだのだ。」
(p. 181)


ここで触れられているのは,新潟大学がNICEプログラムとしてメジャー・マイナー制を導入したのと同じ社会背景です。
つまり,複雑化・高度化した現代社会において,社会課題の解決(ここでは「治す」という行為)には,
ひとつの専門に基づいたものの見方だけでは十分ではなくなった,という現実です。
だからこそ,ことばのレベルだけでなく,その当事者たちが置かれた環境や心のゆらぎまでも視野に収めて
コミュニケーションを考えることは,わたしたちが自らの学びをデザインするためにも大いに有効だといえるでしょう。

本書で扱われている内容の一部は,小学校の国語教科書に採用されていることもあり,
すでに読んだことのある人も多いと思います。
ですが,改めて本書を読み直すことで,「コミュ力」が過度に強調されている昨今の風潮を相対化し,
望ましいコミュニケーションとは何なのかを「自分事」として考えられるようになるのではないでしょうか。 (神田 麻衣子)