NICEプログラムには、学修デザインに役立つ各分野の入門書を集めた「NICEライブラリー」があります。
毎月、ライブラリーから選んだ本を中心に「今月のおすすめ」として紹介しています。
1月のおすすめは、『アニマルウェルフェアとは何か:倫理的消費と食の安全』です。
『アニマルウェルフェアとは何か:倫理的消費と食の安全』は,時事的なことがらを専門家がわかりやすく
解説する小冊子,岩波ブックレットから刊行された一冊です。
アニマルウェルフェア(動物の福祉)とは,
「動物たちは生まれてから死ぬまで,その動物本来の行動をとることができ,幸福(well-being)な状態でなければならない」
という考え方です。
食肉生産の効率性を重視するあまり,劣悪な飼育環境下で大量の抗生物質が畜産動物に投与されていることに対する
食の安全への危惧から,1960年代にイギリスで生まれました。
この考え方の基盤にあるのは,動物の福祉のための「5つの自由」という原則です。
① 空腹および渇きからの自由(健康と活力を維持させるため,新鮮な水およびエサの提供)
② 不快からの自由(庇陰場所や快適な休息場所などの提供も含む適切な飼育環境の提供)
③ 苦痛,損傷,疾病からの自由(予防および的確な診断と迅速な処置)
④ 正常行動発現の自由(十分な空間,適切な刺激,そして仲間との同居)
⑤ 恐怖および苦悩からの自由(心理的苦悩を避ける状況および取り扱いの確保)
アニマルウェルフェア(AW)にもとづいた食肉,卵,乳製品の生産は欧米各国を中心に国際的な潮流と
なりつつありますが,日本での現状はどうなっているのでしょうか。
本書は,EUとの比較を軸に,日本の畜産の現状や政府の対応について,日本におけるアニマルウェルフェアの
現在地を全6章で明らかにするものです。
第1章:鶏 —採卵鶏とブロイラーの受難
第2章:豚 —効率的生産の背景にあるもの
第3章:牛 ―自然から大きくかけ離れた状態に置かれて
第4章:輸送と屠畜におけるアニマルウェルフェア対応
第5章:世界のアニマルウェルフェアの取り組み
第6章:日本の畜産動物が本来の動物らしい生き方をするために
畜産動物という,人間の食に紐づけられた存在の現状を知ることで,わたしたちが生きることの裏側にある
真実を突き付けられる思いがします。
しかし,本書はショック療法的に「肉食をやめること」を訴えるものではありません。
本書の最終パラグラフにあるのは,畜産動物を人間と対等な存在としてとらえる一貫した姿勢です。
畜産動物のAWについて話すと,「どうせ殺して食べてしまうのだから,そんなこと考えなくても」という人もいる。
私たち人間も「どうせ死んでしまうのだから,生きている間,人間らしく生きられなくてもいい」と思うだろうか?
AWと向き合うことは,実は「私たち一人ひとりがいかに生きるのか」にも直結しているのだ。
アニマルウェルフェアとは,ペットの愛護とは異なる立ち位置で,人間と畜産動物との関係性を考え,
それによって自らが生かされていることに思いをはせることだといえるでしょう。
農作物の生産現場の環境負荷や労働環境,食品加工の方法,流通のあり方などを考慮する「エシカル(倫理的)消費」が
広がることによって,大手スーパーのプライベートブランドにもフェアトレード商品を目にすることが多くなりました。
フェアトレードは,途上国の生産者と先進国の消費者との関係性をフェア(公正)にすることを目指すものですが,
アニマルウェルフェアも,消費する側の経済的効率性だけに依拠しないという同じ倫理観のもとにあります。
畜産を学ぶ人はもちろん,食品産業について包括的に知りたい人,効率性と公正性を両立させた経済政策を考えたい人,
エシカル消費から現代の食文化をとらえたい人に読んでもらいたい一冊です。 (神田 麻衣子)