NICEプログラムには、学修デザインに役立つ各分野の入門書を集めた「NICEライブラリー」があります。
毎月、ライブラリーから選んだ本を中心に「今月のおすすめ」として紹介しています。
9月のおすすめは、『若い読者のための科学史』です。
『若い読者のための科学史』は、アメリカのイェール大学出版局の初学者向けシリーズの一冊です。
全40章350ページを超える分量ではありますが、平易なことばで書き進められているだけでなく、
各章が読み切り型の科学読みものとして成立しているため、無理なく読み進めることができます。
さまざまな自然現象について、古代の人びとは呪術的、宗教的に理解していました。
科学史とは、人びとがカオスを秩序に変えていくプロセスを追った物語です。
本書では、ヒポクラテスが築いた医学の基礎やアリストテレスの自然観が、個性的な科学者たちの
数々の科学的解明によって上書きされ、自然科学、物理学、数学、天文学、化学、地学、医学といった
専門領域へと分化していくようすが描かれていきます。
著者のバイナムが医学史の専門家のため、医学的な発展についても多く扱われているのが特徴です。
なお、本書では扱われている科学的な現象について、『手のひら図鑑』シリーズ(化学同人)を参照すると
視覚化された情報を得ることができるため、より理解が深められます。
科学の進歩は、人類に明るい未来を想像させてくれます。
それゆえに本書も明るく、軽やかな筆致で進んでいくのですが、31章「放射能」だけは様相が異なります。
20世紀の世界大戦の時代、科学者たちは、原子爆弾開発を政府に進言し、その開発に携わりました。
そして、1945年、ウラン爆弾は広島に、プルトニウム爆弾は長崎に投下されるにいたります。
科学者が研究成果を発表することは、科学的な知見を世界で共有し、よりよい未来をともに築いていくことを
目指す行為です。
そうであるなら、情報公開を前提としない軍事開発は、科学者の価値観とは対立するものとなります。
バイナムは、科学史の暗い側面を描いたこの章を次のように締めくくっています:
「現代の科学とテクノロジーについて考えるとき、政治と社会的な価値を切り離して論じるのはむずかしい。
人類は核エネルギーについての知識をどうするべきなのだろう?
この問いかけはそのむずかしさを如実に物語っている。」
核の脅威がよりリアリティをもって迫っている現在、理学や医学を学ぶ人だけでなく、社会学や哲学、
政治学を学ぶ人にも読んでほしい一冊です。 (神田麻衣子)