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新着情報

2023.08.31
ライブラリー

夏季休暇中(8月, 9月)のおすすめは,『若い読者のための文学史』です!

NICEプログラムには,学修デザインに役立つ各分野の入門書を集めた「NICEライブラリー」があります。
毎月,ライブラリーから選んだ本を中心に「今月のおすすめ」として紹介しています。

長い夏季休暇は大学生の特権ですが,猛暑のなか,8月もあっという間に過ぎてしまいました。
今回は「夏季休暇中(8月, 9月)のおすすめ」として,『若い読者のための文学史』を挙げたいと思います。

『若い読者のための文学史』は、アメリカのイェール大学出版局の初学者向けシリーズの一冊で,
昨年9月には同じシリーズの『科学史』を「おすすめ」として紹介しています。
『文学史』も『科学史』同様,全40章350ページを超える分量ですが,各章が読み切り型で成立しているので,
前後の文脈を気にせず,興味のある作家の名前や各章のテーマをピックアップして読むことができます。

文学という総体を,「フランス文学」や「英語文学」のように,個々の作品が生み出された場所(国)や
著された言語によって分類することが一般的におこなわれています。
こうした分類に従うなら,本書は「英語文学」―イギリス文学を主軸に,アメリカ文学と英語に翻訳された
文学の一部を射程におさめたもの—を年代順に追っていく文学史です。

ここで念を押しておきたいのは,本書が「〇時間でわかる□□」や「教養として知っておきたい□□」といった,
「サクッとわかる」系の本ではないということです。
本書で中心的に取り上げられているのは,たしかに著名な作家の「名作」とされている作品群ですが,
単純に「あらすじをまとめる」ことに終始してはいません。
作家がその時代の政治状況や社会通念,思想,科学技術とどのようなかかわりを持ち,それらを反映した作品が
どのように社会に受容されたのかということに重点が置かれています。

また,作家や作品の紹介にとどまらず,「紙の本」を始点としたメディアミックスの現況や,文芸手法,文学批評,
文学制度についても幅広く網羅している点が本書の特徴です。
たとえば,38章「罪悪感のある快楽―ベストセラーと金儲けの本」,39章「誰が一番?―賞,採点,読者グループ」,
40章「文学とあなたの人生—そしてその向こう」では,ベストセラーや文学賞,ウェブ上のファンフィクションに注目し,
現代に生きるわたしたちが「文学」とどのような関係を取り結んでいるのかを重層的に描き出しています。

大学の後半2年間が「就職準備課程」の様相を呈しているなかで,文学を専攻することが「就職の役に立たない」,
「現実世界から逃避している」とみなされる風潮にあります。
しかし,果たしてそうなのでしょうか。
著者のサザーランドは,各章のテーマにもとづきながら「文学とは何か」について次のように述べています。

文学は社会的かつ歴史的変化の繊細な記録係でもあり,国際世界の出来事と,そうした出来事の最中に
国民がどのように複雑で流動的な反応をしていたかを書きとめていく。
(26章「帝国—キプリング,コンラッド,フォースター」p. 234)

文学とは,人種が惹き起こす生々しい問題を議論し論争する場なのだ。社会がその態度を調整する場でもある。
それぞれの個人的意見や感性の相違がどうあれ,私たちの多くはこれを好ましいことだと考える。
どんな騒ぎになろうと,それはそれでかまわないのだ。(35章「色とりどりの文化—文学と人種」p. 316)

文学は,社会的,歴史的変化に対してミクロ,マクロの両方から事態を描き出すものです。
文学作品を読むこと,文学を学ぶことの意義は,そもそも「役に立つ/立たない」という近視眼的言説に対し,
誰にとっての,何のための有益性かを批判的に問い返す思考と言葉を与えてくれることにあるのではないでしょうか。 
(神田 麻衣子)