NICEプログラムには、学修デザインに役立つ各分野の入門書を集めた「NICEライブラリー」があります。
毎月、ライブラリーから選んだ本を中心に「今月のおすすめ」として紹介しています。
5月のおすすめは、『14歳から考えたい レイシズム』です。
『14歳から考えたい レイシズム』は、オックスフォード大学出版局から出版されている
「ベリー・ショート・イントロダクション」シリーズの一冊です。
日本の版元であるすばる舎より,これまでに刊行されているのは,本書『レイシズム』や『優生学』のほか,
『貧困』,『アメリカの奴隷制度』,『セクシュアリティ』の全5冊です。
どれもグローバルな規模での社会問題に焦点を当てています。
「今月のおすすめ」では,同じシリーズから『14歳から考えたい 優生学』を2022年11月に紹介しています。
さて,『14歳から考えたい レイシズム』のメインテーマは,レイシズム(人種差別,人種主義)です。
「レイシズム」(racism)というひとつの英語表現に対して,単一の日本語があてはめられないこと,
そもそも本書のタイトルがカタカナ表記で「レイシズム」となっていることからも,
その語によってあらわされる概念や現象が複雑なものであることがわかります。
では,本書は「レイシズム」をどのようにひも解いているでしょうか。
本書は以下の7章から構成されています。
1: “人種(レイス)”と人種主義(レイシズム)—ことば遊びのような難問
2: 帝国主義,大量虐殺,そして人種の“科学”
3: 科学的レイシズムの終焉
4: 人種化,文化的レイシズム,宗教
5: 構造的レイシズムとカラーブラインドの白人性
6: インターセクショナリティと“暗黙”あるいは“無意識”の偏見
7: 右翼政党のナショナル・ポピュリズムの台頭とレイシズムの今後
第1章から3章までは,いわゆる古典的なレイシズムについて主に論じています。
つまり,「人種」には科学的に説明可能である,本質的な違い(外見的な特徴だけでなく,
文化やふるまい,道徳性も含む)があると信じ,その違いに基づいて人種を序列化するだけでなく,
特定の人種を嫌悪したり,脅威とみなしたりすることです。
このレイシズムのひとつの極として,ナチスのホロコースト(ユダヤ人の大量虐殺)が位置づけられます
(この流れは「優生学」の隆盛とも一致するものです)。
第2次大戦後以降,こうした科学的レイシズムは誤ったものとして認識されるようになりました。
しかし,文化的,宗教的な他者に対する,時に嫌悪や侮蔑を含んだ忌避感は,
現代でも根強く生き永らえているといえるでしょう。
第4章以降は,現代にみられる「新しいレイシズム」として文化的レイシズムを取り上げています。
ある特定の集団を自らの脅威とみなす点は,文化的レイシズムにも古典的なレイシズムにも共通しています。
しかし,文化的レイシズムには,古典的なレイシズムに顕著にみられた人種に関する科学的な言及はなく,
焦点が当てられるのは文化の違いです。
文化的レイシズムは,ある「外来の」文化やそれを担う人びとを,
「国民」の生活や文化に対する脅威として描き出します。
もちろん,これを強力なナショナリズムと受け取ることもできます。
しかし,このとき想定されている「国民」は,人種的,文化的に単一であるという前提にもとづいている
のは明白で,それゆえに「レイシズム」の一形態だといえるのです。
本書の中心となっているのは,ブレグジット(Brexit:イギリスのEU離脱)やヨーロッパの極右政党の台頭,
ドナルド・トランプの選挙スローガンなど,ヨーロッパ世界とアメリカの事例です。
ですが,現代の日本において,レイシズム(人種差別,人種主義)の問題は,
単に研究対象としての外国の事例にとどまるものではありません。
難民認定の極端な少なさ,入国管理局での収容者の扱い,技能実習生制度,在日コリアンを標的とした
ヘイトスピーチなど,「日本人としての」アイデンティティや日本社会の同質性を持ち出して,
文化的な他者をさらなる苦境へ追いやったり,その人権を貶めたりしてはいないでしょうか。
本書は,差別がどのように始まり,社会に定着していくのかに興味を持っている人,
外国人労働者の人権擁護を目指す法曹志望者,労働力不足が深刻化する地域で政治家を目指す人,
国際組織での活躍を描いている人に,ぜひ読んでほしい一冊です。 (神田 麻衣子)